
著者VONについて
おそらく人間だろう

1980年代、上海生まれ。
筆名:VON(壹叔瘋神)
大阪を拠点とする作家・宇宙論構築者。
長年にわたり独自の叙述体系「超科学架空系(TCF)」を探究し、
その基盤の上に、多層的で自己完結的な宇宙論体系
「V宇宙(VONVERSE)」を構築してきた。
作品は多言語・多神話・多文明にまたがり、
哲学的命題を核として壮大な叙事を展開する。
代表作に『帰源古紀』『人器』『物核「・」零』『未燼書』などがある。
既知世界の物語

VONVERSEについて
宇宙は、ひらめきではなく構築される。
VONVERSE を語るには、
この問題を「TCF」と「V宇宙」という二つの軸に分けて捉える必要がある。
両者は独立した概念ではなく、
方法と、その方法に基づいて構築された体系である。
TCFとは何か
TCF(Transcendental Constructive Fiction/超科学架空系)は、
「世界はいかに成立しうるのか」
という問いに対して提示された、創作のための方法論である。
一般に物語は、
「ファンタジー」「SF」「歴史」「神話」
といった分類で理解される。
しかしそれらは表層的な区分に過ぎず、
次の問いには触れていない。
「創作された世界は、いかなる根拠によって成立しうるのか。」
TCF は、この問いに対して、
直感や慣習ではなく、構築可能性という観点から世界の成立条件を定めるための枠組みである。
それは、作者 VON(壹叔瘋神)によって構想・構築された、
物語生成の方法論であり、同時に宇宙論的な自己整合性を保つための条件体系である。
一つの世界が内的に一貫した成立を保ちうるかを判断するため、
以下の五つの基準によって構成される。
TCFの五大基準
-
現実基底:すべての設定は、現実世界における物理・認知・哲学的構造と接続可能であること。いかなる超常も、理解可能な基底へと遡及可能でなければならない。
-
理論的一貫性:一見して不可能に見える現象であっても、その成立を支える内的論理を備えること。現象は説明の代替とはならない。
-
哲学的動因:物語は、存在・因果・意識・自由意志といった根源命題への問いによって駆動される。展開は結果であり、問いそのものが核である。
-
宇宙論的一貫性:各作品は共通の宇宙論的基盤を共有し、すべての設定・法則・因果は体系全体の中で整合的に位置づけられる。
-
非定型の物語構造:物語は既存の慣習的構文に依存せず、宇宙論の内的要請に従って展開される。予測可能性ではなく、必然性が基準となる。
これらは助言ではない。
成立のための前提条件である。
TCF において創作とは、
要素の追加ではなく、成立条件の設計行為へと転換される。
物語は終わる。
しかし、それを支える構造は持続する。
TCFとは、
整合性を維持したまま想像の到達域を拡張するための方法論である。
V宇宙とは何か
V宇宙(VONVERSE)は、
TCF という方法論に基づいて構築された
多層的かつ自己整合的な宇宙論体系である。
それは単一の世界でもなく、
複数作品の単なる集合でもない。
V宇宙は、以下の要素が相互に関係しながら成立する体系である:
階層 | 因果 | 法則 | 時間 | 次元 | 認識
これらは個別に存在するのではなく、
相互制約の関係の中で一体的な構造として結びつけられている。
この体系が意味するのは、次の一点である。
いかなる対象であっても、条件を満たす限り、V宇宙内に整合的に組み込まれうる。
重要なのは「包含」ではなく、
体系内での関係性を通じた成立である。
V宇宙は、作者 VON によって長期にわたり醸成され、
段階的に構築されてきた宇宙論体系である。
現在提示されている範囲は、その一部に過ぎない。
体系全体は、個別作品を超えたスケールで成立している。
読者がいずれかの物語に触れるとき、
それは単なる読解ではなく、
既にこの体系との接続が生じている状態である。
V宇宙の特性は、整合性や規模だけでは説明できない。
本質はむしろ、
読者が観測者としてだけでなく、解釈を通じて体系に関与しうる点にある。
それは参加を要求するものではない。
構造上、許容されている可能性である。
なぜ、この構造が必要だったのか
理由は単純である。
既存の枠組みでは、特定の問いを十分に保持できなかった。
たとえば――
-
因果が分岐する場合、運命はいかに定義されるのか
-
意識が境界を越えるとき、同一性はどこに成立するのか
-
異なる体系(神話・宗教・科学・修真)が共存する条件とは何か
これらの問いは、単一世界では収まりきらず、
多元宇宙という枠組みにおいても制約を受ける。
そのため必要だったのは、拡張ではなく、
前提そのものを再設計した体系であった。
読者へ
まず、作品に触れてくれたことに感謝する。
ここで一つだけ明確にしておきたい。
宇宙論の理解は、読解の前提ではない。
物語はそれ自体として完結している。
登場人物の選択、関係、変化を追うことで成立する。
一方で、
位面、界面、三態、五軸、三関九宮、宇宙樹といった要素は、
背後で体系として機能している。
それらは理解を要求しない。
しかし、関心が向けられたときには、参照されうる。
もしある時点で、次のような疑問が生じたなら――
-
なぜこの構造はこの形を取るのか
-
なぜ異なる物語間で因果が接続されるのか
-
なぜ独立しているはずの作品が対応関係を持つのか
それは偶然ではない。
体系の一部が、認識の対象として立ち現れている。
そこから先は選択である。
物語として読むこともできる。
構造として追うこともできる。
その両方が成立すること自体が、
この宇宙論において保持されている性質である。
ようこそ、VONVERSEへ。
ここは終点ではない。
あらゆる可能性が生起する起点である。
VON(壹叔瘋神)

















