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物核「·」零 - 第三十七話 旧識
「おい、小僧。本当に核弾頭の在処を知らねぇのか?」 怒鳴りつける声に、野良優(のらゆう)は思わず首をすくめた。 「知らないって言ってるでしょ! 俺が知ってるわけないじゃないですか!」 五代源蔵(ごだいげんぞう)は、苛立ちを隠そうともせず舌打ちをする。 「じゃあ聞き方を変える。女の国の主要施設だ。あそこは何をしてる場所だ?」 指差された先には、重装備で固められた巨大な建造群があった。 「……回収班が集めた物資を、仕分けして保管してる倉庫です」 「ほう。じゃあ、あっちは?」 さらに奥、異様なほど厳重な防衛網に囲まれた区画。 「……男町です」 一瞬、空気が凍る。 「……は?」 「最重要の男性が暮らしている、居住区画です」 五代は低く笑った。 「冗談も大概にしろ。何十もの火力拠点で守られてる場所が、ただの"男の住処"なわけねぇだろ。言え。本当は、何がある?」 「事実です! ただ……最下層は管理層の執務区画になってて……今ごろ、指揮に散ってるはずです」 沈黙。そして五代は、獲物を見つけた肉食獣のように笑った。 「……なら、尚更だな」 野良優には理解できなか


物核「·」零 - 第三十六話 宿敵
攻撃計画は、二日間延期された。 女の国が核兵器を保有している。その情報は、五代源蔵(ごだいげんぞう)に作戦の全面的な見直しを決断させるに足る重さを持っていた。決行時刻は夜間に変更される。夜の移動は異変種を呼び寄せる危険を伴う。だが、自衛隊の巡回機に捕捉されるよりは、はるかにましだった。対処不能なミサイルより、人食いの怪物のほうが、まだ殺しようがある。 黒星党の戦力は、すでに三隊に分割できる規模にまで膨れ上がっていた。最前線に配置されたのは、霞折小町(かすおりこまち)を中心とした狙撃部隊「小町組」。次いで五代源蔵率いる攻撃部隊が突入し、最後に霊沙羅(れいさら)が接応部隊を率いて物資と奴隷を回収する——その三段構成だ。 野良優(のらゆう)の増幅は最初に小町の能力を最大化し、その後すみやかに攻撃部隊の五代源蔵へと移る。増幅の持続時間は、精密な検証の結果、凡そ2時間38分と算出されていた。 午前3時。黒星党のすべての人馬が、予定地点に入った。 九歳の少女の身体は、年齢に似つかわしくないほど成長している。体重は40キロを超え、野良優の増幅が加われば、100


物核「·」零 - 第三十五話 叛徒
【4月19日 山国を急襲。生存者73名を確保。うち1名に転化適性あり。】 【4月27日 乳岩峡集落を襲撃。生存者11名を確保。転化者なし。】 【5月8日 刈谷東境町の避難所を殲滅。生存者30名を確保。転化者なし。】 【5月13日 不明勢力の大規模移動隊を襲撃。生存者140名を確保。うち3名に転化適性あり。】 【5月14日 西海国(さいかいこく)・重武装商隊を急襲。生存者19名を確保。転化者なし。】 【5月15日 幹部総出で若狭熊川宿(西海国)を攻撃。生存者244名を確保。9名に転化適性あり。】 【5月23日 再度、若狭熊川宿を攻撃。生存者290名を確保。11名に転化適性あり。】 【6月3日 山国へ再出撃。生存者311名を確保。10名に転化適性あり。】 【6月8日 女の国・商隊を襲撃。生存者146名を確保。8名に転化適性あり。】 【6月11日 女の国・採集隊を襲撃。生存者203名を確保。17名に転化適性あり。】 【6月16日 不明勢力・重武装商隊を襲撃。激しい抵抗を受け、生存者22名のみ確保。転化者なし。】 【6月19日 女の国へ向かう途上、自衛隊


物核「·」零 - 第三十四話 劫掠
五代源蔵(ごだいげんぞう)が王国と衝突した理由は、決して「霊沙羅(れいさら)の争奪」だけではない。もちろん彼女は、たしかに導火線のひとつだった。だが根はもっと深い。五代源蔵という存在そのものが、王国にとって"放置できない異物"だったのだ。 大災変の津波に巻き込まれた彼の肉体は、ほとんど原形を留めていなかった。瀕死のまま海に呑まれ、偶然「弓」の射程に入った。そこで彼は、"日本で二番目の強化系新人類"として蘇った。だが代償は途方もなく大きかった。 骨格は歪み、内臓は焼けたように軋み、皮膚は外気に触れただけで裂けそうだった。呼吸をすれば、痛みが肺の裏側から胸骨へ突き上がる。立つだけで、体が崩れる。歩けば、崩れていく。 ——この身体のままじゃ……長く持たない。 五代源蔵は理解していた。人の姿を保ち、戦い、生き延びるには相性の合う"鎧"が要る。宿主の肉体を、自分の身体の外殻として使うしかない。 彼は探し続けた。路上の死体。瓦礫の下の生存者。逃げ遅れた老人。逃亡中の男。触れて確かめる。入ってみる。合わなければ捨てる。合っても、長くは持たない。最終的にたどり着


物核「·」零 - 第三十三話 不朽
柔らかい声が、暗闇の奥でほどけていく。 「優くん、私ね、真白ちゃんの居場所ならちゃんと知ってるのよ。でも、今の優くんの力じゃ、助けに行ってもきっとどうにもならない……」 一度、ことさら含みを持たせるように区切ってから、彼女は小さく笑った。 「だからね……もし優くんが望むなら、真白ちゃんの"代わり"くらいには、私だってなれるわよ。ただ……ううん、やっぱり『ただ』なんてないわね。この世界で、あと一日長く生きられるだけで、それはもう丸儲けなんだもの。だったら、その一日を、できる限り楽しく過ごさなきゃ損じゃない? ねえ、優くん」 闇の中、温度だけがじわじわと近づいてくる。 「さあ……優くん。私と一緒に気持ちよくなろう。ずっと……ずっと、終わらないでいてくれればいいのにね……」 真っ暗闇の中で、得体の知れない感触が、全身の神経を一気に打ち抜いた。魂そのものが炸裂するような衝撃。その瞬間、野良優(のらゆう)は、夢の水面から一気に引きずり上げられるみたいに、かろうじて意識を取り戻した。 直後に押し寄せてきたのは、鋭い頭痛と、世界がぐらぐら揺れるようなめまいだ。


物核「·」零 - 第三十二話 念想
ある角度から見れば、特権というのは、まことに甘美なものだと言わざるをえない。この「ある角度」というのは、言うまでもなく、特権を握る側の視点のことだ。今の黒星党において、その特権階級に属するのは幹部たち、とりわけ新人類として力を持つ幹部である。 新人類という存在は、乱世においては強大な武力であると同時に、奪い合いの対象となる希少資源でもある。ゆえに、よほどの強化系でもないかぎり、外を好き勝手にうろつく新人類などほとんどいない。大半の新人類は、勢力圏内の砦の中に押し込められ、外界から隔離されて暮らしているのが常だった。黒星党に属する三人の新人類も、まさにその典型である。 春の花が咲き始める季節になると、太陽が少し高く昇っただけで気温がぐんぐん上がり、外気温は二十数度でも体感は三十度近くに達する。普通の人間なら、「もう勘弁してくれ」と悲鳴を上げる暑さだ。 戦闘力という意味では非力な、能力だけを取り柄に黒星党の幹部に収まっている霊沙羅(れいさら)と野良優(のらゆう)は、そんな季節に、これまで味わったことのないほどのんびりとした日々を送っていた。一日に少し


物核「·」零 - 第三十話 神弓
津波というものは、人間の目でその姿をはっきり確認できた時点で、もう逃げ切ることはできない。その現実を、誰よりもよく知っている男が、怒鳴った。 「こんな時にかよッ!!!」 五代源蔵(ごだいげんぞう)は悪態を吐きながら、スロットルを全開に押し込んだ。さっき通り過ぎた入り江「ダイビングリゾートくまの灘」まで引き返せれば、もしかしたら皆を津波からやり過ごせるかもしれない。だが、その判断を、甲板の上の女が一刀両断する。 「ここでいい! 動くな!」 霊沙羅(れいさら)の声は、迷いを含まない硬い音だった。 「はァ!? 沙羅、今なんて言った!?」 野良優(のらゆう)も思わず立ち上がる。 「沙羅さん、冗談言ってる場合じゃ——」 その瞬間まで、歯を食いしばって耐えていた唯一の成人男性の奴隷が、とうとうヒステリーを爆発させた。 「黒星党ォ! 俺は死んでも、お前らみてぇなクズどもを——」 怒号は最後まで続かなかった。五代源蔵の手のひらが、ぶん、と風を裂いた次の瞬間、男は一撃で気絶させられる。だがおかしなことが起きた。 「……あ?」 それほど体格もよくない、どこにでもいそ


物核「·」零 - 第三十一話 內禍
黒星党と「長野隻狼」とのあいだで、一方的な虐殺事件が起きた——そういう経緯もあって、春に入ってからというもの、どの組も長いあいだ黒星党との「取引」を再開しようとはしなかった。噂話は、さらに尾ひれをつけて広まっていく。曰く黒星党は力に物を言わせて、長野隻狼を相手にシノギの横取りをやった。奴隷を奪ったあげく、首領・隻狼の首まで叩き切って持ち帰った……と。そこまで話が盛られれば、周囲のヤクザ者たちもさすがに距離を取る。その結果、四月の終わりごろになっても、黒星党は奴隷を一人として新たに仕入れることができなかった。 もちろん、そのあいだずっと五代源蔵(ごだいげんぞう)は烈火のごとく怒り狂っていたが、その影で、霊沙羅(れいさら)と野良優(のらゆう)が手をこまねいていたわけではない。ふたりに与えられた新たな任務は、霞折小町(かすおりこまち)という少女が「どんな能力」を持つ新人類なのか、徹底的に解明することだった。 野良優にとって、唯一の慰めは、五代源蔵が思っていた以上に"頭の切れる"男だった、ということだ。彼は、霞折小町の弱点が「食べ物」であると気づくと、そ


物核「·」零 - 第二十九話 走海
小町は、いったいどれほど長いあいだ、満足に食べられなかったのだろう。空腹をごまかすために、彼女は水を大量に飲んでいた。だから、おにぎりをひとつ半ほど胃に収めただけで、腹はあっという間にぱんぱんに膨れてしまった。とめどなく漏れる小さなゲップを両手で必死に押さえながら、小町は、新しくできた"お兄ちゃん"と"お姉ちゃん"の会話を、聞き逃すまいと懸命に耳を澄ませている。 「優くん。五代源蔵が、どうして"弓"を選んだのか……知りたくない?」 霊沙羅(れいさら)が、焚き火の残り火を見つめたまま言った。 「つい最近、場所が分かったからじゃないんですか?」 「違うよ。あの人ね、自分自身が、かつて"弓"に転化されかけたことがあるの。恐怖で震えながら、熊野以南には二度と近づかないって誓ったんだって」 「……そんな過去が?」 「あるのよ。だから逆に、不思議でしょ?」 「じゃあ……なんで、また?」 沙羅は、わずかに視線を落とした。 「心の闇と、向き合う覚悟ができたんじゃない?」 心の闇。言葉の意味は、よく分からない。けれど、聞いただけで背筋が冷えるような気配は、はっきり


物核「·」零 - 第二十八話 奴隷
五代源蔵(ごだいげんぞう)は、「弓を借りる」と言った。もちろん、文字どおり弓矢を借りるわけではない。ここで言う「借りる」も、「弓」も字面どおりの意味ではなかった。彼の頭の中にある"解決策"とはただひとつ——自ら軍勢を率いて、遠征に出ること。行き先は、紀伊半島の南新宮港。噂によれば、その沖合にもひとつの物核が存在する。名を、「弓」という。 情報の発端は、護衛艦「もがみ」(FFM-1)が残した緊急救援チャンネルだった。まだ「大災変」が、いまほど地獄という言葉で語られていなかった頃のことだ。護衛艦もがみは、最初に襲いかかってきた高さ2キロメートル級の災害級津波を、神業のような操艦で奇跡的に回避していた。だが、その幸運は長く続かなかった。対馬から横須賀へ帰投する途中、串本町沖を通過したあたりで、艦は突然、奇妙な現象に巻き込まれた。レーダーの残像。通信途絶。航路は正しいのに、艦だけが「世界から切り離された」かのように、すべての信号が途切れる。 いまなら分かる。それは物核の能力圏内に入り込み、転化、あるいは破壊された結果だ。しかし当時、その正体を知る者はいな


物核「·」零 - 第二十七話 遠征
それは、野良優(のらゆう)にとって初めての「部隊を率いる任務」だった。名目上、彼は黒星党の"幹部"だ。だがそんな肩書きが、ただの飾りにすぎないことも分かっている。この小隊の中には、少なくとも二人、五代源蔵の監視役が紛れ込んでいる。逃げ出す素振りでも見せれば、その場で躊躇なく撃ち殺される。優は、それをよく理解していた。 もっとも、彼に逃げるつもりはなかった。真白の行方は、まだ掴めていない。沙羅を置き去りにして、自分だけ生き延びる。そんな選択は、どうしても飲み込めなかった。それに季節は二月。この恵那山周辺では、昼間ですら気温は氷点下だ。尾根に吹きつける風は、体感でマイナス二十度を下回る。こんな場所を一人で逃亡するのは、自殺と同じだった。 複雑な思いを胸に、優は小隊を率いて進んでいく。目的地は、かつて"女の国"が拠点としていた元・三号区域だ。 三号区域の近くには、いまもなお三体ほどの変異種が徘徊している。そのせいで、女の国の生存者たちは長いあいだ、ここへ近寄らなくなった。かつては食料と物資に恵まれた"いい場所"だった。だが、一度黒星党に見つかってしまえ


物核「·」零 - 第二十六話 迴旋
東京都上空、30キロメートル。成層圏のただ中に、全長およそ30メートル、幅2メートルほどの、異様な物体が静止していた。本土に侵入した、最初の物核——その名は「槍」。名のとおり、形状は紡錘。両端は細く、中央はふくらみ、銀白色の表面は、まるで地球の重力を拒むかのように、そこに留まり続けている。昼間、肉眼で捉えることはできない。ちょうど月明かりが澄み、星の瞬きが際立つ夜にだけ、その輪郭は一瞬、空に浮かび上がる。 逃亡の途上にある二人は、いま、その「槍」を仰ぎ見ていた。同じ光景を前にしても、視線に込められた意味はまったく異なる。野良優(のらゆう)の畏怖など、どうでもよかった。重要なのは、霊沙羅(れいさら)がほんのわずかに甘えるような仕草を見せると、優がすぐに折れ、「……綺麗だね」と言わされてしまうことだった。 今夜の沙羅は、なぜか機嫌がいい。理由はない。珍しく、彼女は自らの過去を口にした。 「私ね、昔は……ホステスだったの」 優はすぐに察した。それは、自分自身を貶め、他者が抱く理想像を壊すための告白だ。黒星党の智謀担当。だが街の裏側では、五代源蔵の雌犬と


物核「·」零 - 第二十五話 衝命
夜だった。正確な時刻は、霊沙羅(れいさら)にはもう分からない。意識は朦朧と霞がかかり、耳には絶え間なく轟々とうなる銃声、怒号、悲鳴が重なって届いていた。その合間に、ときおり地面を揺るがすような重い爆発音が響く。 テントの外が赤く照らされるたび、地平線の向こうに、巨大な煙の塊が浮かび上がった。 ——え? あれは、何? 沙羅は自分の頬を軽く打ち、無理やり意識を引き戻す。全身がじくじくと痛み、手足は氷のように冷え切っていた。血の匂いが鼻を刺す。舞い散る火花の向こうで、テント越しにも分かるほど大きく、異様な影がうごめいている。 ——異変種!? 心臓が跳ね上がる。沙羅は息を詰め、もう一度テントの中を見回した。狭い空間にいるのは、自分ひとりだけだ。 外からは、なおも狂ったような叫び声と銃声が渦を巻いて押し寄せてくる。 「クソッ!! こいつら、まるで死なねぇ!!」 「逃げろ! お前までやられるぞ!!」 「なんでこんな数がいるんだよ!? くそ、あっちにもいる!」 「車は!? 車はどこだ!?」 「兄貴、車は……全部やられました!!」 長野隻狼の野営地。固定の自救区


物核「·」零 - 第二十四話 驚擾
霊沙羅の背中から、きっちり三歩。その位置に立っているだけで、十八年分しか人生経験のない野良優にも、相手が最初から「商談」をしに来たわけではないことくらいは分かった。 「今日の相場だ。男女も、年齢も関係ねぇ。一人につき燃料1リットル、水10リットル。同じくらいの量の食い物か、好きな薬を100グラム。そいつらと交換だ」 声はやけに事務的で、一人ひとりをただの「単位」としてしか見ていないのがよく分かる。 「それとよ——もし持ち物が足りねぇなら、武器か弾でもいい。レートは統一だ。一人につき"銃一丁"か、"弾60発"。それで勘定してやる」 「それでも足りねぇってんなら——ヘヘ。この車、何台か"勉強して"引き取ってやるよ。一台につき……十人分、ってとこでどうだ?」 「最後に一つ。俺は、あんまり待たされるのが嫌いでな。だから情けをかけて、特別に十秒やる。その間に決めろ。……十、九……」 最悪だ。 野良優の頭の中には、その言葉しか浮かばなかった。一方で、霊沙羅は相手の視線を意識的か無意識的か判然としない仕草で遮り続け、刺青の男から野良優の顔が正面から見えないよう


物核「·」零 - 第二十三話 裏食
「野良君! 仕事だよ、出発の準備を……あれ?」 扉を開けた霊沙羅(れいさら)は、そこで動きを止めた。 部屋の隅。野良優(のらゆう)は、ギターを胸に抱きしめるようにしてうずくまり、声にならない嗚咽を繰り返していた。涙はとめどなくこぼれ落ち、ただ息が詰まって、言葉にならない音だけが漏れている。まさに「泣きじゃくる」という表現そのものだった。 「……あーあ。どうやら、タイミングが悪かったみたいね」 霊沙羅は小さくため息をつき、そっと扉を閉める。それから音を立てないように近づき、野良優のすぐ隣に、身体を寄せるようにして腰を下ろした。 「泣きなさい、野良君……泣けて、笑える。それが、生きているっていう証拠なんだから」 「……こんなふうに生きてて、何の意味があるんですか!」 野良優は顔を上げた。目は真っ赤に腫れ、涙で濡れている。 「こんな世界で、人を選んで、触って、"使えるかどうか"を判断して……そんなふうに生きていくなんて、意味がない!」 「いいえ、違うわ。生きているからこそ、意味があるの」 「……沙羅さんには、かなわないな。僕じゃ、言い負かせない」...


物核「·」零 - 第二十二話 貓男
黒星党幹部、野良優。新人類の一員であるこの十八歳の少年が持つ能力は、あまりに特殊で、そして常識外れなまでに不可解だった。 噂によれば——彼の身体に触れさえすれば、新人類の能力は強化され、相手が「普通の人間」であっても、物核による転化の成功率がぐんと引き上げられると言われている。こんな能力は、常識の枠では扱えない。人類がこれまで整理してきたどの能力系譜にも、きれいに分類することができないのだ。 霊沙羅の掌握している情報によれば、大災変を生き延びた世界中の生存者たちは、新人類の能力を大きく四つの系統に分けているという。 第一類、そして最も強大な系統は強化系。この系統の能力者には共通点があり、肉体・精神、あるいは知能が「一段階上の次元」に飛躍的に引き上げられているという点だ。たとえば「王国」を創り上げた風間昭三(かざましょうぞう)は、典型的な強化系の新人類だと言われている。彼の全身は金剛不壊どんな攻撃も通用せず、さらには、もはや呼吸によって酸素を取り込む必要すらないらしい。科学の観点から見れば、彼の体内でミトコンドリアがどうやって代謝を行い、酸素なしで


物核「·」零 - 第二十一話 幹部
一日のうちに味わった浮き沈みが、あまりにも激しすぎた。野良優(のらゆう)の心は、どこか呆然としていた。 とくに、自分にとって特別な存在だった愛ちゃんとの「生き別れ」を、またしても繰り返すことになったという事実が、現実感を失ったまま、胸の奥で冷たく固まっていた。 だからそのあと、霊沙羅と「長野隻狼」を名乗る連中が何やら激しい口論を始めても、野良優はろくに耳を傾けなかった。ただひとつだけ理解していたのは、本来ならこの場の奴隷全員を買い取るはずだった五代源蔵が、実際に代金を支払ったのはあの「七人」だけだということだった。 よく考えれば、とても奇妙な話だ。人を「売る」側であるはずの人身売買組織・黒星党が、わざわざ別の組織から「商品」を仕入れているのだから。もっとも、理由はすぐに分かる。これらの「商品」は、五代源蔵が構想する「強大な新人類軍団」を作るための素材なのだ。 夕陽が沈みきる前に、黒星党の車列はふたたび三号区域へと向かった。変異種がうようよと占拠する、あの禁断のエリアへ。 「今回は、あなたの力を借りる必要はないわ。何度もテストして分かったけれど、一


物核「·」零 - 第二十話 劫難
ドアが開いた。逆光の中から、すらりと背の高い妖艶な女が歩み出る。霊沙羅だ。 「野良君、よくやったわ。あの一発の"魚雷"、きっと大きな場面で役に立つはずよ」 野良優は、真っ赤に染まった砂糖愛の面影を振り払うように、搾り出す声で言った。 「……五代源蔵に会わせろ」 「今はその時じゃないわ。私たちは、これから次の地点へ向かわないといけない」 「俺はどうしても会わなきゃならない! あいつに訊くことがある。どうして撃ったのか……なんであの子を撃ったのか、はっきり聞く!」 「ダメ。まだ——」 そのとき、開いたままのドアの向こう、車内からしゃがれた声が響いた。 「……まあいい。乗せろ。俺も、そいつの顔を一度見てみたい」 霊沙羅が、聞こえるか聞こえないかほどの小さなため息をつき、低く囁く。 「野良君、くれぐれも馬鹿な真似だけはしないでね」 野良優は、一言も発さずに後部座席へ身を滑り込ませた。次の瞬間、座席の影に、冷たい光がひらりと走る。あのとき泥の中で拾い上げた匕首だ。彼はそれを抜き放ち、五代源蔵めがけて突き出した——。 だがその刹那、いや、正確には零点何秒とい


物核「·」零 - 第十九話 赴死
「沙羅さん! あのガキ、アーチの下に入りました! こっちの射角、完全に潰れてます。姿が見えません!」 「二番は?」 「こちらも樹の形態のやつに遮られてます。身体の一部しか抜けません。……あいつ、ずっと立ったまま動きません。何してんのか、分かりません」 「命令があるまで撃つな。勝手に弾を使うな」 「了解!」 霊沙羅(れいさら)は通話器をぷつりと切り、視線だけを前へ流した。豪奢なセダンの後部座席。真正面に座る男が、鼻先で笑った。 「ハッ。逃げ道でも必死に考えてんだろ」 煙に燻したみたいな、ざらついた声。五代源蔵(ごだいげんぞう)——黒星党の「御大」が、だらしなく足を組んでいる。霊沙羅は笑わない。黙って、次の言葉を選ぶ。 「五代様。あの子に"逃げる度胸"はありません。力の使い方も、まだ分かっていない」 「へえ? じゃあ何だ。あそこで棒立ちってのは」 「……正直、私にも断定できません。ただ——」 霊沙羅が言い終える前に、男が舌を鳴らした。 「断定できねえ? "風間の左手"が?」 その呼び名が、車内の空気を一段冷やす。霊沙羅の眉が、ほんのわずかに動いた。


物核「·」零 - 第十八話 蟲形
異変種に占領された目的地へ、普通の人間が近づくはずもない。正常な判断力があれば、そもそも感知範囲にすら入らない。自衛隊でさえ手を焼いた存在を前に、末日の人間に打てる手などない。 新人類であることを受け入れた野良優でも、異変種を目にすれば体はすくむ。この任務は、自殺行為と何が違うのか——そう思いながら通話器を見下ろすと、向こうからは何も言ってこない。狙撃手の威嚇射撃も止まっていた。黒星党の全員が、異変種の存在を把握している。銃声で誘引されれば、矛先が野良優に向く。 仕方ない。野良優は覚悟を決め、頭を低くして斜面を下り始めた。 泥の中で何かが光を返す。二メートル先——匕首だ。武器になる。彼は迷わず掴み、しっかり握った。 低い灌木に隠れながら、泥と死体を盾にして這い進む。砂が擦れる音のたびに心臓が跳ね上がるが、屋外の自然音がある程度かき消してくれた。百メートルほど進んだところで、汗がにじむ。開けた地帯に出た。あと五十メートル先に次の土坡がある。 そのとき——三百メートルほど先に直立している灰の毛布が、「顔」をこちらへ向けた。間違いなく、見えている。野良
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