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『物核「·」零』
作品公式ページ

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自由が幻想であるならば、

人間性は残るのか。  


真理が嘘をつくならば、

人類はどこへ向かうのか。

 

内容概要


突如発生した天災により世界は崩壊。生存者たちは廃墟の中に保護区を築き、「生存」の名のもとに秩序を再構築します。しかし、それは新たな拘束でもあり、人々は制度により「資源」として分類されます。秩序の陰で疑問と反抗が静かに広がり、「新人類」の誕生と「異能」の進化によって、「人間とは何か」という境界が根底から揺らぎます。

本書は救世主を描くものではなく、群像叙事を通じて災後社会の再建と分裂を描き、力・生命・存在に関する哲学的衝突を展開します。 

 

 

 

終末 × 超現実
存在の境界と「命名=支配」という哲学命題を探究  

群像叙事
複数の登場人物が「道具化」と「覚醒」の狭間で葛藤  

哲学寓話
ハードSF・異能・社会寓話を融合し、「自由と人間性」の極限を問う

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TCF × V宇宙|極簡紹介

「超架空系」= TCF(Transcendental Constructive Fiction)  
TCF は伝統的な文学ジャンルではなく、  
五つの条件が同時に成立することを前提とした叙述フレームである。

  • 現実基底:すべての設定は、現実世界の物理的・認知的構造の上に構築される

  • 理論自洽:現実を超えるあらゆる現象には、自己完結的な科学的ロジックが付随する。 

  • 哲学駆動:物語は哲学的命題を核心に据え、人間性・運命・存在を問う。 

  • 宇宙一致性:すべての作品が同一の宇宙論を共有し、細部に至るまで源流と脈絡を持つ。 

  • 非定型叙事:展開は予測不能であり、既存のパターンでは後続を推測できない。

V宇宙=自洽性を備えた超次元架空宇宙論体系である。  


V宇宙は、作者 VON(壹叔瘋神)により単独で構築され、その全体が TCF の規則に基づいている。  
この宇宙論のもとで、作者は十数作に及ぶ作品を創出し、累計一千万字を超える壮大な宇宙的叙事を形成してきた。

『物核「·」零』は、V宇宙における最初の「時間分岐作品」である。  
TCF や V宇宙について予備知識がなくとも、独立した物語として存分に味わうことができる一冊である。

月食景象

Core「·」Null in MV

最新版・『物核「·」零』世界観アニメーションMV

音声版・『物核「·」零』プロモーション映像

​V宇宙の構造と物語整合性を保つため、
当サイトに掲載されている内容(MVを含む)は、すべて作者自身が構想・制作したものです。

流通版限定特典紹介

 MOVフィルムカード 2枚セット
 >通常仕様(全10種)より1枚  >白金仕様(全3種)より1枚
 それぞれランダム封入

 

※MOVフィルムカード2枚セットは
 書店・取次・ネット書店向け一般流通版限定特典です。

 IP公式サイトでは 本特典構成での商品販売は行っておりません。


▼ 一部デザインを公開

網站頁面展示用小圖3.jpg

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※画像はイメージです。実際のデザイン・仕様とは異なる場合があります。
※MOVフィルムカードは全13種(通常仕様10種・白金仕様3種)

全13種の詳細は非公開です。

書名:『物核「・」零』
著者:VON
日本語翻訳:小野陽向

英語翻訳:HachioRuruka
発行:次元社
頁数:472ページ
判型:A5判
製本:単行本(上下巻合本)
発売日:2026年9月13日
特典:MOVフィルムカード
   (一般流通版限定)

初版発売地域:日本

日本 | 日本語翻訳版
本体価格:1,400円
ISBN:978-4-911666-51-7
JAN:1921093014004
Cコード:C1093

台灣 | 繁體中文版
刊行予定

米国|英語翻訳版

翻訳進行中

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注意:本作の試し読みは日本語版/繁体字中国語版のみ対応しています。

線上試讀版

物核「・」零

著者:VON(壹叔瘋神)
訳者:小野陽向

本書は、『仙術源碼』における時間分岐以降に形成された、ひとつの支宇宙に属する物語である。

本編『仙術源碼』は、自己完結性と理論的一貫性を備えた多層的かつ超次元的な架空宇宙設定を基盤としており、その全体構造は VONVERSE(通称:V宇宙)と称される。

V宇宙の枠組みのもとで展開される一連の作品群は、既存の文学ジャンルによって完全に規定することはできない。

そのため著者は、この体系を「超架空系」(正式名称:超科学架空系、TCF ― Transcendental Constructive Fiction)と定義するものである。

TCF は、従来の意味における文学ジャンルではなく、

――現実基盤、

――理論的整合性、

――哲学的駆動、

――宇宙的一貫性、

――非定型叙事、

という五つの条件が同時に成立することを前提とした、独自の叙述フレームである。

その特質は、多層的かつ構造化された想像を通じて、形而上の論理と数学的原理が同時に支配し、無限の拡張可能性を内包する独立体系――すなわち、自己完結性を備えた宇宙論としての V宇宙 を構築する点にある。

V宇宙において、科学と幻想はもはや対立概念ではない。それらは同一構造における異なる相として現れるに過ぎず、その広がりは、想像の外側にあるものすら包摂し得る広大さを備えている。

そして今、読者であるあなたは、ある宇宙の入口に立っている――。

 

本書の記述はすべてフィクションです。

実在の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。

万一、類似する点がございましたら、偶然の一致によるものであり、作者および出版社は一切の責任を負いかねます。

訳者序

 

初めてこの物語と出会ったとき、私は強い衝撃を受けました。
荒廃した世界で必死に生きようとする人々の姿。圧倒的な存在に抗いながらも希望を探す意志。そのすべてが、どこか現代社会を生きる私たち自身と重なり合うように感じられたのです。

本作は、徹底した科学考証と神話的想像力が交錯する、稀有な物語です。新しい概念や専門用語が次々と現れる一方で、登場人物たちの感情はとても人間らしく、読者を深く物語へ引き込みます。翻訳においては、その魅力を損なうことなく、日本語としての読み心地との両立を心がけました。

また、この作品が内包する大きなテーマ──「人はなぜ生きるのか」「弱さは力に変わり得るのか」──は、国や言語を越えて共鳴し得る普遍性を持っています。この物語が日本語という新しい器を得て、より多くの読者へ届くことを願ってやみません。

ページをめくる中で、あなた自身の内側にも、静かに燃える力が芽生えるかもしれません。
どうか、最後の一行まで物語を旅してみてください。

この世界の、終わりと始まりを。
生と死の、その先を。

──そして、その行き着く先で、野良優たちの笑顔と出会えますように。

翻訳者 小野陽向

​———

著者序

 

皆様、こんにちは。

私は作者の VON(壹叔瘋神)です。


『物核「・」零』は、私が日本に来てから書き上げた最初の作品です。

なんとも不思議なことに、その誕生はひとつの「夢」に端を発しています。


当時の私は自宅に暮らしながら、眠りの中で自分を作品世界へと投げ込み、物語の「続きを観察する」ことを習慣にしていました。

ある夜、私はまったく新しい場面の中へと入り込みました――

そのとき、「物核・槍」は、ちょうど私の頭上に浮かんでいたのです。


目覚めた後、私は夢の中からこぼれ落ちた、ほんのわずかな断片的な言葉だけを書き留めました。

そして最終的に、日本へ渡ってからの三か月のあいだに、この作品を完成させることになりました。


ただひとつだけ、遺憾なことがあります。

それは――私はその「結末」を、夢の中で見ることができなかった、ということです。


けれども、まさに本書に記されている言葉のように、私はこうも思うのです。

「もしずっと前へ歩き続けることができるのなら、あるいは終点に辿り着けるのかもしれない。」


私は今でも――そして最初からずっと――信じています。

「希望」とは物語の終わりではなく、むしろ始まりなのだと。


この作品が描くのは、ひとりの英雄譚ではありません。

それは「人類」という種全体に課された、ひとつの流刑の物語です。


彼らは災厄によって旧き秩序から追い出され、

飢えと恐怖に満ちた荒れ果てた島へと押し込められ、

さらに新たな権力、古い欲望、そして無形の運命に――

三つ巴に、ひとしく追い立てられていきます。


この物語に登場するすべての人物は、子どもであれ、大人であれ、財閥であれ、政治家であれ、

あるいは「新たに生まれた存在」であれ、誰もがこの荒蕪の大地の上に置かれた一枚の駒にすぎません。


彼らはもがきます。彼らは妥協します。

そして、彼らはまた、反抗もします。

彼らはたしかに「生き残った者たち」ですが、生き残ることは決して、そのまま自由を意味しません。


この世界では、生存と尊厳が、たえず正面から衝突します。

「保護」という名のもとに、権力の欲望が秩序を書き換え、

その舞台裏で、人間は自らの境界――肉体、能力、記憶、そして魂――を探り続け、

一歩一歩、滑り落ちていくようにして

「人とは何か」「自由とは何か」「意味とは何か」という、究極の叩問へと近づいていきます。


『帰源古紀』に記されているような「功」を、

ひとりの人間がそこに述べられたほどの水準にまで成し遂げないかぎり、

「自由という幻覚」――すなわち

「力さえ手にすれば、自分は自由になれる」という錯覚――から、

抜け出すことはできないのかもしれません。


けれども現実は、往々にしてその逆です。

「特別になればなるほど、人はますます自分ではなくなっていく。」

それは、より深い層で進行する、さらに根の深い隷属なのです。


本作には、世界を救うような「救世主」は登場しません。

群像劇として、さまざまな人物たちを極限の淵に立たせ、

「妥協」「反抗」「沈黙」「犠牲」――それぞれの選択を迫ります。


選ぶことのできない者は、受け身のまま「選ばされ」ます。

名を持たぬ者は、新たな名を「与えられ」ます。


たとえ人類が滅亡の瀬戸際にあったとしても、

この世界のすべては、あたかも何ひとつ変わっていないかのように、

永遠の運行のうちで回り続けているのです。


実のところ、この作品を貫いている真の問いは、

「人類はいかにして生き延びるか」ではありません。


むしろそれは、

文明という装飾が剥ぎ取られたあとでも、

人はなお――取引されず、名づけられず、使役されない――

その尊厳を保ち続けることができるのか。


剝ぎ取られ、さらに「交換される自由」のただ中にあっても、

なお「自分」を守り抜くことができるのか。

――という問いなのです。


私にとって、終末の物語とは、破滅そのものを描くためのものではありません。

それは再生であり、記憶であり、

そして「すべてを失ったときでさえ、なお魂を携えていられるのか」を描く試みでもあります。


奇妙なことに、『物核「・」零』は本編『仙術源碼』と時間軸の上で自然に分岐しており、

本編に登場するいくつかの人物の運命が、この作品の中でささやかに暗示されています。


物核世界のその後の行方については、

どうか、私の来年の新作

『未燼書(みじんしょ)』をお待ちいただければと思います。


そして主人公の物語は――

たぶん、私が再び「V宇宙」から帰還したそのときに、

もう一冊、物語を書き足すことになるのかもしれません。


このページを開き、この物語に触れてくださった皆様に、心からの感謝を。どうかこの作品を読むあいだは、胸の内に「戒め」と「慈悲」を携えていてください。


なぜならこれは、単なる一冊の小説にとどまらず、一枚の「鏡」にほかならないからです。


その鏡は、極限の淵に立つ人間の姿を映し出し、私たちが畏れ、渇望し、さらには忘れ去ってしまったあらゆるものをも、照らし出すでしょう。


願わくば、あなたが読み進めるその途中で、ふと「なぜ」と問う声を、どこかで聞くことができますように。――それこそが、おそらく、私たちがいまだ「人」であり続けている証なのです。

私は VON(壹叔瘋神)、

V宇宙の建築家です。


二〇二五年六月三十日 

大阪にて
 

​———

『物核「・」零 上巻 深淵の島』

楔子


いつの時代も変わり者が世の中を変える。
——織田信長(1534.06.23—1582.06.21)

 

プロローグ
前編・災厄

 

2026年——日本。大阪府・中央学園高等専修学校。
「ねぇ、見て。また野良くん、花ちゃん見てるよ」
「フフ、ほかに誰がいるのよ? 片想いなんて花ちゃん以外みんな知ってるっての」
「ほら、聞いた? 横浜の修学旅行で告白して玉砕したらしいわよ、このチキン野郎」
「え、マジ? そりゃ最近ますますバカっぽいツラしてるわけだわ」
「しっ……! 聞こえたらどうすんの。あの目で見られるの無理。ゲームしか能のないオタクって、ホント気持ち悪い」
小声のつもりだったのだろう。だが一言一句、野良優(のらゆう)の耳には届いていた。
彼は無理やり視線を球技場の花ちゃんから引き剥がし、別のことを考えようとした。あと一ヶ月で試験がある。今度ばかりは、ゲームのように気安く「クリア」できる生存ゲームではない。単位を落とせば、養父母はもう学費を出してはくれないだろう。
……十八歳。もう、生き延びられる年齢ではなくなる。成績は最下位、特技はゼロ、顔は量産型。家庭環境については、語るだけ無駄だ。どう足掻いたところで、「大逆転」など起こりはしない。
屋上のフェンスに背を預け、野良は昼休みの孤独をやり過ごそうとしていた。それなのに、視線はまた花ちゃんへと引き寄せられていく。
花ちゃんと同じ空気を吸えている。それだけで、俺の人生最大の「恵み」なのかもしれない。時間なんて、止まってしまえばいい。いっそ——世界の方が終わってしまえばいい。
そのとき、視線が花ちゃんを素通りし、南の岩湧山(いわわきやま)へと吸い込まれた。
「……え? 峰の上、なんか……光ってる……?」
心臓が跳ねた。初めて花ちゃんを見たときと同じ、あの痛烈な鼓動。同時に、耳を裂く警報が校舎を包み込む。
ピロロロロロロ——————————
青空を切り裂いて、地平線を横断する銀色の線条が奔った。わずか二秒で、標高およそ九百メートルの岩湧山の峰線を越える。すべてを踏み潰す騎兵の群れさながらの勢いで、野良の頭上へと迫ってくる。反射的に身をひるがえし、叫んでいた。
「朝倉先輩——!!!」
——世界は、完全な混沌に沈んだ。

 

 

プロローグ

後編・終末

 

[周波数] 243.0 MHz(緊急周波数)
[時刻] 災後7日目 07:32 UTC+9
[状態] 電力喪失、通信不安定


「……この信号を受信したすべての受信局は、応答を。こちら中央災害対応省。現在、全周波数帯にて日本全国へ、緊急救災放送を実施中」
「信じてください……。我々は、誰ひとり見捨てない。必ず……救援が届きます」
「本放送は一日三回、自動送信。互いに……情報の伝達を徹底してください……」

 


[チャンネル] GEO-427(静止軌道緊急通信)
[時刻] 災後13日目 20:00 UTC+9
[状態] 地球通信網崩壊、衛星機能大幅損傷


「こちら軌道ステーション TKS-9。第二避難拠点、応答願う」
「新たに七名の生き残りを確認……。生存者は日に日に減っている……。第三避難所の位置は確定。他地域は?」
「『漣漪(リップル)現象』は、いまだ世界各地で猛威を振るっている。観測高度は1〜3メートル」
「推定——人口の九割以上が消失……」
「……『あれ』は?」
「依然として東京都上空、高度三十キロ。座標に変化なし。そっちは?」
「最初の出現は長野。ただし、フォークランド(Falkland Islands)の『ゼロ』と違い、落下は確認されていない」
「つまり……自動で停止した、と?」
「槍ヶ岳上空で三十秒間停留。次に宇都宮市……五十万人が死亡」
「天災、ではない……?」
「断定はできない。データが不完全なんだ。アメリカとEUからの衛星データを待っている段階でね……状況は、そっちも分かってるだろ。ところで——そっちはどうだ?」
「軌道運行は維持している。だが燃料と機体の安定性が落ちてきている……そう長くは持たないかもしれない。川崎——母の消息が分かったら、必ず知らせてくれ!」
「前田、お前も……生き延びろ」



[J-Alert-AUTO]
[時刻] 災後21日目 03:00 UTC+9
[状態] 不明


「こちら内閣府防災担当。全周波数帯にて、無人自動連続放送を実施中」
「この放送を聞いている、すべての生存者たちへ」
「大都市には、絶対に近づかないでください。物資が存在する可能性はありますが、危険性が極めて高いと判断されます」
「閉鎖空間、防御構造を有する場所を維持し、外出を控えてください」
「火気の使用を避けること。争わないこと。刺激臭のある食品を摂取しないこと。体を、無臭に保つこと」
「就寝前に、自分の名前を書き、起床後、三度、静かに唱えてください。仲間が目覚めた場合、必ず名前を言えるか確認してください」
「遺体を処理する際は、血液および匂いの除去に努めてください。失敗した場合は、速やかにその場を離れてください」
「使用可能な装備は確保。必要に応じて、自衛行動を」
「黄昏時および夜間の外出は禁止。日没前に避難所へ戻り、扉と窓の異常を確認してください。夜間、窓辺に近づかないこと。いかなる音にも、決して応答しないこと」
「『彼ら』と視線を合わせない。匂いを残さない。いかなる接触も禁止。理解しようとしない。呼びかけない。興味を引かない」
「戦わない。『彼ら』に明確な弱点は確認されていません。遭遇時は——退避。それが唯一の生存行動です」
「現在確認されている有効手段は、『超酸(ちょうさん)』。……ただし、使用は推奨されません」
「……決して、殺そうとしないでください」
「決して、殺そうとしないでください」
「決して、殺そうとしないでください」
「国民の皆さん、どうか信じてください。日本政府は、あなたを見捨てません。必ず——救援を行います」
「……どうか、生き延びてください……。救援を待って……待って……」


災後第135日。
 

 


———

第零話 異種

 

野良優(のらゆう)は、長く引き伸ばされた夢の底に沈んでいた。頭は割れるほどに痛み、喉は焼けつくように乾いている。
カン。……カン。
泉水が金属を打つ、重く鈍い音が耳の奥で反復する。その音が乾きを呼び覚まし、乾きが意識を引きずり上げた。
視界に入ってきたのは、灰緑色のテントと、泥が厚く塗りつけられ無数の穴が穿たれたビニール壁だった。行軍ベッドの向こう側、こちらに背を向けた小柄な人影がある。乱れた髪、細く白い腕。少女だ。下半身はベッドに隠れているが、姿勢からして地面にしゃがみ込んでいるとわかる。金属音は少女の足元から、チン、……チンと鈍く規則的に鳴り続けていた。排尿音だ。曖昧さはなかった。
声を出そうとしたが、身体は動かない。喉も声帯も麻痺し、言葉は形成されなかった。ただ目を開いたまま、少女が立ち上がるのを見ていた。ズボンが引き上げられた、その瞬間——
「あっ!!」
甲高い悲鳴が、破裂音のようにテント内を切り裂いた。
「猫男が起きたっ!?」
猫男? 思考が追いつかない。滲む視界の中、暗いはずの内部が異様に眩しく映る。それでも少女は、迷いのない足取りで距離を詰めてきた。だぼついたTシャツの襟元から、まだ幼く未成熟な胸部が露わになっている。見えていた。
「陽菜さんが言ってた。あんたが目を覚ましたら、もう死なないって」
差し出されたのは、機械油の注ぎ口のような形状の容器だった。野良は掴むと、一壺分を喉へ叩き込むように飲み干した。足りない。さらに半壺。焼けついていた喉が潤い、体に力が戻ってくる。肺いっぱいに空気を吸い込んだ。生きている。
「……ここは……どこだ……」
「しゃべらない。まだダメ。いいから、聞いて」
「……うん」
「ここは第七自救保護区(だいなな・じきゅう・ほごく)。四ヶ月前、京都・八瀬猫猫寺(やせ・にゃんにゃんじ)で、陽菜さんがあんたを見つけた。切れかけたロープの先で、木にぶらっていた。口の中でずっと、『朝倉先輩……』って」



2026年5月——未知の星体が地球に衝突した。それを起点として、世界は史上例のない大海嘯(つなみ)に呑み込まれた。災厄は十日十夜に及び、世界人口の95%以上が消失した。日本も例外ではない。海は引いたが、国土の約八分の一が失われた。
政府は残存地域で活動を再開し、生存者を集めて秩序を再建しようとした。だが、それは一瞬で崩れた。赤城山に設立された東京都避難所が即座に武装集団の襲撃を受け、大流血事件となった。続いて、最後に残っていた長野の自衛隊(じえいたい)本部が、原因不明の存在により壊滅。通信網が部分復旧した直後、各地の避難所から救難信号が相次いだ。人々はそのとき悟った。自分たちが直面しているのは、人間ではない何かなのだと。
報告された対象は、形態・能力ともに共通性を欠く不定形の怪物群だった。火砲、ミサイル、すべて無効。殺害は不可能と判断し、軍は作戦行動を放棄した。数十日のうちに避難所は次々と破壊され、生存者は逃走するほかなかった。国民を保護できなくなった瞬間、政府は崩壊した。一度失われた権威は、二度と戻らなかった。
混乱期、生存者は互いに助け合いながら辛うじて日々を繋いでいた。『超酸(ちょうさん)』が敵を退けられると発見されるまでは。発見、即時の武装化、防衛規約の制定——秩序は、そこから成立した。政府の号令は無効となり、各地は自立して独自の規則を定めた。その必然として、公平原則を基礎にした保護区同盟が形成される。日本には現在、約二十万人規模の大型自救保護区が九つ、そして周囲には無数の小規模共同体が存在していた。
人々は怪物に名を与えた。「異変種(いへんしゅ)」。自衛隊内部報告書に由来する呼称だ。同報告はさらに、大海嘯の原因が地外起源の落下体である可能性を示していた。日本上空に出現した異物は、「槍」と命名された。
「槍」は減速し、飛騨山脈上空で三十秒間停留した後、消失。直後、宇都宮市上空に出現し、津波到達前に五十万人を殺害した。後日、槍ヶ岳標高三千メートル地点で登山者八名の遺体が確認されたが、本来の人数は九名。一名が、消えていた。
ほぼ同時期、宇都宮市周辺で異変種との初接触が記録された。分析の結果、それは生物でも人間でもなく、人類が想定し得るいかなる既存の存在にも該当しないとされた。ただし一点、異変の途中段階にある「変種」が確認されていた。外見は完全に人間——佐藤清志(さとうきよし)、三十一歳、建設作業員、栃木県宇都宮市今泉三丁目在住。どこからどう見ても、完全な一般人だった。
噂が拡散する。「異変種の源は男だ」。根拠のない風説だった。だが、それは多くの保護区で成人男性の追放を招いた。第七自救保護区だけは違った。人口の99.98%が女性である。野良優が生存を許された理由は明確だ。少年と成人男性の境界年齢にあること、そして将来的に「種子」と見なされたためである。

​———

第一話 繁種

 

「実はね、陽菜さんが言ってたの。第七自救保護区は前に、ほかの保護区と『男性を何人か引き取れないか』って交渉したことがあるんだって。そしたら向こうがさ、『物資と交換なら』とか言い出したのよ。正気とは思えない、法外な条件をね。だから交渉は、きれいさっぱりご破算!」
「まぁ当然よ。今の世界じゃ、男なんて価値がない。そんな存在を引き取るだけで十分なのに、物資まで要求するなんて、完全なぼったくりでしょう?」
野良優(のらゆう)は、言葉を失っていた。喉がまだうまく動かないせいもあった。だがそれ以上に、目の前で淡々と語られる「この世界の常識」が、彼の人生で最も恐ろしい現実だったからだ。
俺は、こんな世界を生き延びてしまったのか。
これが、「モブ生存法則」なのか。どんな災厄でも、なぜか価値のない者ほど生き残る。しかも、何の意味もなく。
外から足音が近づいた。粘りつくような声が、先に聞こえてくる。
「真白ちゃん、まだあのガキの世話か?」
下品な男が顔を出しかけた瞬間、鋭い声がそれを遮った。
「田(でん)さん。あなたは四階担当。規則を破るつもり?」
男は何も言わず引き下がった。代わりに現れたのは、背筋の伸びた女性だった。
「起きたのね。よく生き残ったわ。真白ちゃん、薬は?」
「忘れてた!」
真白は箱から錠剤を二粒取り出し、野良の手に置いた。
「K2とB8。異変化人が『あちら側』へ堕ちていくのを、遅らせると言われている」
陽菜は静かに続けた。
「第七自救保護区にいる男性は三十四人。女性は十七万人以上。様々な条件を除外した結果、生殖可能と判断された男性は、十八人だけ」
言葉が、はっきりと胸に突き刺さる。
「だから、あなたたち十八人にとって、ここは天国に『見える』。働かなくていい。食料も保証される。ただ一つの役目を果たす限りはね」
陽菜は淡々と告げた。
「一年間で、三千人。それが終われば、役目も終わる」
野良の背中を、冷たい感覚が走った。一年の特権。数量目標。その先は、死。それは天国ではない。天国の顔をした、処理施設だ。
「真白ちゃん、貓男のこと、どう思う?」
陽菜が問う。真白は野良をじろりと見た。
「好みじゃないけど……十一ヶ月分の追加配給がもらえるなら、まあ」
野良は悟った——真白がだらしなく胸元を緩めていたのは、最初からこちらを誘っていたのだ。
どこからか湧き上がる力に押されて、彼は口を開いた。
「俺は……嫌だ」
真白が跳ね起き、目を見開く。
「は! このあたしに選ばれるだけで、あんたには身に余る幸運なのよ!」
だが、その視線がふと陽菜の胸元に留まり、何か思いついたように尋ねる。
「陽菜さん……男って、胸が大きい方が好きなものなの?」
陽菜は小さく吹き出した。
「あら……残念ながら、私は子供が産めない体でね。だから調整官なんて割に合わない仕事をしているのよ。貓男が言いたいのは——きっと、どっちも願い下げ、ってことでしょ」
その言葉と同時に、真白が狭い簡易ベッドに飛び乗ってきた。至近距離で体重をかけられ、野良は身動きが取れなくなる。だぼついたTシャツの襟元がずり落ち、細い肩と鎖骨があらわになっていた。
——待て、こいつ、下にちゃんと何か着てるのか……?
「貓男! 聞くけど、本当に誰も選ばないつもり!? 三千人の女よ、三千人!」
野良は頷き、ようやく声を絞り出した。
「俺は……ただ、生き延びたいだけだ……」
陽菜が固まった。
真白も固まった。
「できることなら、何でもします。だから……薬を、ください」
陽菜が思わず噴き出し、声を上げて笑った。
「あの薬が効くなんて、私は一言も言ってないわよ。どこの自救保護区でもそう噂されてるだけで、こっちも念のため、って程度」
真白はますます頬を膨らませる。
「貓男、あたしに魅力がないってこと? ねぇ?」
陽菜が真白の肩を軽く叩く。
「はいはい、お疲れさま。貓男には三日、考える時間をあげる。それでも気持ちが変わらないなら、四日目の朝、あなたが三号区域の回収作業へ連れて行きなさい」
そして、整った顔を野良に向け、表情を引き締める。
「あなたの報告書、受け取ったわ。生存の苦しさに耐えられなくなったら、気も変わるでしょう。ただし——一度働き始めたら、手を抜くことは許さない。さぼれば配給を減らすからね」
第七自救保護区の基本配給は、一日一食。麺か米粥に、缶詰と野草を添えたものだ。たまに卵が出ることもあるが、今や卵さえ貴重品で、順番に行き渡らせるしかない。
肉に関しては、わずかに残る肉の缶詰備蓄を除けば、ほとんど手に入らない。光岳(ひかりだけ)の北に位置する第四自救保護区との家禽取引でさえ、護衛に付いていた元自衛隊員が三人殺され、七人が負傷したうえで、荷ごと奪われている。
終末の時代、食料をめぐる争いは日常茶飯事だった。だが、人が食料を奪い合うのは、生き延びるためというより——誰もが「そこ」まで堕ちたくないという一心からだった。
人を食う、という一線を越えること。それが、越えてはならない「あの一線」なのだ。
そして今のこの世界では、食料を奪わない限り、残された道は「あの一線」を越えることしかない。
真白の話では、陽菜は歴史学を専攻していたという。日本人が最後に大規模な人肉食に手を染めたのは、今からわずか八十年前のことだ。それを深く理解しているのは、おそらく陽菜くらいのものだろう。
だからこそ、陽菜のような聡明な女性が調整官——ほぼ補給部長に相当する役職——を務めていることは、第七自救保護区の全員にとって幸運だった。彼女は、この保護区の中で数少ない、人間の暗部を正しく理解している人間の一人だったからだ。
一方、野良優の下した、誰の目にも愚かとしか映らない選択にも、彼なりの内的論理があった。
彼が最も得意とするサバイバル系ゲームの経験則によれば、終末の時代において、向こうから転がり込んでくる「うまい話」には、必ず代償が伴う。
その代償が具体的に何であるかまでは分からない。だが野良優自身にとって、今のこの状況で生き延びるためにまず必要なのは、「簡単に手に入りそうな利益」を拒むことだった。
ゲーマーとして彼が知る、たった一つの真理。サバイバルゲームであれ、終末の現実であれ、クリアするための唯一の目標は「生存」そのものである。
「生存」というただ一点を前提にしたとき、十八歳の野良優は、自分がこの世界で唯一得意とすることを見つけたのかもしれなかった。

「試し読みはここまでです~」

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