――Noelia へ
【以下の文章を書く前に、私はこの投稿を読んだ:https://x.com/HousebotGuy/status/2037281313217274263 】
私はこれまで数多くの暗い物語を書いてきた。
その残酷さは、大半の人間には到底受け入れがたいものだろう。
しかし――
どれほど想像を尽くしても、現実に起きた悲劇ほど人の心を抉るものはない。
私はかつて、日不落帝国が「スタン化」していく未来を描き、
移民と急進的左派に呑み込まれる欧羅巴を描き、
最強の国家が「民主」の名の下に民主を破壊し、
「自由」の名の下に自由を葬る姿を描いた。
それらは、長年の思考と論理の積み重ねから生まれた、
自分なりの“極限の想像力”だと思っていた。
だが、このスペインの少女の出来事を目にした瞬間――
私は悟った。
どんな虚構も、現実には勝てない。
どんな想像力も、人間の「悪」の前では無力だ。
私は物語の中で多くの未来を描いてきた。
だが、この国の未来だけは、予言したくない。
投稿の一部に誤りがあることも知っている。
だが、現実の悲劇が世界を動かせないのなら、真実とは何なのか。
その問いに、どれほどの意味が残るのか。
もし、この「一部虚構」を含む投稿だけが、
彼女の声を世界に届ける唯一の手段なのだとしたら――
私は、Noelia の物語が“武器”として扱われるべきだと思った。
そうでなければ、彼女の死はあまりにも理不尽だ。
だが同時に、私は自分の残酷さにも気づいている。
こんな出来事に巻き込まれた少女を“武器”にするという発想そのものが、
すでにひどく残酷なのだ。
私は使っているすべてのAIに問いかけた。
「彼女の悲劇は、世界を変えるための“武器”になるべきではないのか」と。
返ってきた答えはそれぞれ違っていたが、
核心は驚くほど一致していた。
「なるべきだ。
ならざるを得ない。
ためらう理由はない。
そうでなければ、第二の Noelia が生まれてしまう。」
もちろん、この問いに“正解”など存在しない。
だが、生きている作者として、
私にできることはただ一つ――
怒りを忘れないことだ。

【この文章は、実はかなり前に書き上げていた。
だが私は、これをSNSには載せなかった。
あの場所では、言葉が歪められ、消費され、利用されてしまうからだ。
私はこの文章を「創作手札」に残すことを選んだ。
ここは誠実でいられる場所であり、私が守るべき最低限の一線でもある。
もし、いつか私が書くことを恐れ、語ることをためらうようになったなら――
そのとき私は、もはや“作者”を名乗る資格を失うだろう。】
By VON(壹叔瘋神)




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