物核「·」零 - 第零話 災變
- VON(壹叔瘋神)

- 7月20日
- 読了時間: 4分

楔子
いつの時代も変わり者が世の中を変える。
——織田信長(1534.06.23—1582.06.21)
第零話
災変
2026年——日本。大阪府・中央学園高等専修学校。
「ねぇ、見て。また野良くん、花ちゃん見てるよ」
「フフ、ほかに誰がいるのよ? 片想いなんて花ちゃん以外みんな知ってるっての」
「ほら、聞いた? 横浜の修学旅行で告白して玉砕したらしいわよ、このチキン野郎」
「え、マジ? そりゃ最近ますますバカっぽいツラしてるわけだわ」
「しっ……! 聞こえたらどうすんの。あの目で見られるの無理。ゲームしか能のないオタクって、ホント気持ち悪い」
小声のつもりなのだろう。だが、野良優(のらゆう)の耳にはすべて届いていた。
彼は無理やり視線を球技場の花ちゃんから逸らし、他のことを考えようとした——たとえば、あと一ヶ月で試験がある。今回はゲームみたいに気軽に「通過」できる生存ゲームじゃない。単位を落としたら、きっと養父母はもう学費を払ってくれないだろう。
……十八歳。もう、生き残れる年齢じゃなくなる。勉強最下位、特技ゼロ、凡人顔。家庭環境なんて、語るまでもない。どう足掻いても、「大逆転」なんて起きない。
野良は屋上のフェンスにもたれ、昼休みの孤独をやり過ごそうとしていた。なのに、視線はまた花ちゃんへと吸い寄せられる。
花ちゃんと同じ空気を吸えている——それだけが、俺の人生最大の「恵み」かもしれない。時間なんて、止まればいい。いや、いっそ——世界が終わればいい。
その瞬間だった。視線は花ちゃんを通り抜けて、南の岩湧山(いわわきやま)へと向いた。
「……え? 峰の上、なんか……光ってる……?」
心臓が跳ねる。初めて花ちゃんを見たときと同じ、あの痛烈な鼓動だった。と同時に——耳を裂く警報が、校舎を包み込んだ。
ピロロロロロロ——————————
青空の下、地平線を横断する銀色の線条が走った。わずか二秒で標高およそ九百メートルの岩湧山の峰線を越え、すべてを碾圧(ねんあつ)する騎兵のような勢いで野良の頭上へと迫ってくる。反射的に体を反転させ、叫んでいた。
「朝倉先輩——!!!」
——世界は、完全な混沌に沈んだ。
◆
[周波数] 243.0 MHz(緊急周波数)
[時刻] 災後7日目 07:32 UTC+9
[状態] 電力喪失、通信不安定
「……この信号を受信したすべての受信局は、応答を。こちら中央災害対応省。現在、全周波数帯にて日本全国へ、緊急救災放送を実施中」
「信じてください……。我々は、誰ひとり見捨てない。必ず……救援が届きます」
「本放送は一日三回、自動送信。互いに……情報の伝達を徹底してください……」
◆
[チャンネル] GEO-427(静止軌道緊急通信)
[時刻] 災後13日目 20:00 UTC+9
[状態] 地球通信網崩壊、衛星機能大幅損傷
「こちら軌道ステーション TKS-9。第二避難拠点、応答願う」
「新たに七名の生き残りを確認……。生存者は日に日に減っている……。第三避難所の位置は確定。他地域は?」
「『漣漪(リップル)現象』は、いまだ世界各地で発生を確認。観測高度1〜3メートル」
「推定——人口の九割以上が消失……」
「……『あれ』は?」
「依然として東京都上空、高度三十キロ。座標に変化なし。そっちは?」
「最初の出現は長野。ただし、フォークランドの『アルファ』と違い、落下は確認されていない」
「……自動で停止した可能性は?」
「槍ヶ岳上空で三十秒間停留。次に宇都宮市……五十万人が死亡」
「天災、ではない……?」
「断定はできない。データは……分かっているだろ」
「……それより、家族の消息が分かったら連絡する」
「前田……そっちも、生き延びろ」
◆
[J-Alert-AUTO]
[時刻] 災後21日目 03:00 UTC+9
[状態] 不明
「こちら内閣府防災担当。全周波数帯にて、無人自動連続放送を実施中」
「この放送を聞いている、すべての生存者たちへ」
「大都市には、絶対に近づかないでください。物資が存在する可能性はありますが、危険性が極めて高いと判断されます」
「閉鎖空間、防御構造を有する場所を維持し、外出を控えてください」
「火気の使用を避けること。争わないこと。刺激臭のある食品を摂取しないこと。体を、無臭に保つこと」
「就寝前に、自分の名前を書き、起床後、三度、静かに唱えてください。仲間が目覚めた場合、必ず名前を言えるか確認してください」
「遺体を処理する際は、血液および匂いの除去に努めてください。失敗した場合は、速やかにその場を離れてください」
「使用可能な装備は確保。必要に応じて、自衛行動を」
「黄昏時および夜間の外出は禁止。日没前に避難所へ戻り、扉と窓の異常を確認してください。夜間、窓辺に近づかないこと。いかなる音にも、決して応答しないこと」
「『彼ら』と視線を合わせない。匂いを残さない。いかなる接触も禁止。理解しようとしない。呼びかけない。興味を引かない」
「戦わない。『彼ら』に明確な弱点は確認されていません。遭遇時は——退避。それが唯一の生存行動です」
「現在確認されている有効手段は、『超酸(ちょうさん)』。……ただし、使用は推奨されません」
「……決して、殺そうとしないでください」
「決して、殺そうとしないでください」
「決して、殺そうとしないでください」
「国民の皆さん、どうか信じてください。日本政府は、あなたを見捨てません。必ず——救援を行います」
「……どうか、生き延びてください……。救援を待って……待って……」
災後第135日。

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