物核「·」零 - 第七話 転折

泥酔していたにもかかわらず、武田直子(たけだなおこ)は翌朝五時ちょうど、女の国の門前に現れた。朝日が赤らんだ頬を照らしている。
「諸君、今日もよろしく頼む。全員、出発!」
「おおおっ!」
野良優(のらゆう)は真白と砂糖愛という両側からの護衛のもと、二時間の移動をあっという間に終え、三号区域へ到着した。
奇妙な変化が起きていた。野良優が「幸運の女神」という言葉を口にして以来、その考えを支持する者が増え続け、いまや大多数がそう信じるようになっていた。
砂糖愛は回収隊の正式な一員ではなかったが、たとえ先天性の「富貴病(ふうきびょう)」を患っていても、女の国の住民である以上、配給を得るには一定量の労働が必要だった。だから回収隊への同行を自ら申し出た。表向きの理由はそういうことになっている。だが霜月真白(しもつきましろ)に言わせれば、話はまったく別だ。
大小姐たる真白は、高い場所で通用する「独占」という概念をよく理解していた。四ヶ月間世話してきた相手を、無償で他人に渡すつもりはない。資本家の娘は、命をかけて守ると決めたものを手放さない。損をする取引は、絶対にしない。
正午前、北側チームから歓声が上がった。
「二組が発見! コンテナだ!」
全員が駆けつけると、砂糖愛が空中に放り投げられていた。
「愛ちゃん、幸運!」
「愛ちゃん、幸運!」
現場には深さおよそ五十センチの大坑があり、その底で四角いコンテナが露出している。こじ開けられた扉の奥、散らばる木枠の中で、瓶が光を返していた。
酒だ。しかも烈酒。
末世において、烈酒は文字通りの万能資源である——武器にも、医療にも、燃料にも代用できる。
武田隊長は一瞬だけ目を輝かせ、すぐに表情を引き締めた。
「割れているものが多い。無事なものから急いで確保しろ。封じ込められていた酒精が揮発すれば、異変種を呼び寄せる」
地下に閉じ込められていた酒精が、いま大気に広がっていく。この匂いは危険だ。
「生き延びたいなら、動け!」
一喝で全員が動いた。人間リレーを組み、烈酒を押し車へ運び出す。
「……あれ? 愛ちゃんは?」
真白が周囲を見回す。
「さっきまでいたはずだ」
「見てない」
「工具バッグごと消えてる」
砂糖愛の工具バッグは、ひときわ目立つ黄色だ。見落とすほうが難しい。野良優は小さな土丘を駆け上がり、視界の端で黄色の一瞬を捉えた。そこには、横倒しになった巨大な貨櫃輪があった。
「猫男、どこ行くのよ!」
「確認する」
「そこは探索済みでしょ!」
船体側面には白い文字で YANG MING。全長333.9メートル、幅48.2メートル。かつて海を走った船は、いま泥に埋まり、船首だけが斜めに突き出ていた。
「価値のあるものは回収済みだ」
「なのに、どうして?」
野良優は即答した。
「この型は船尾にブリッジがある。操縦室は、いま泥の下だ」
「それじゃ、掘り出せないじゃない」
「深さは十メートル以上。時間と人手を割く理由がない。武田隊長は、たとえ隊全員を投入しても一週間はかかる作業を好まない。彼女が好むのは、磁石でコンテナを見つけ、二日で中身を空にするような仕事だ」
「じゃあ……愛ちゃんは?」
野良優は言った。
「俺が作った油圧拡張鉗を、艙門破りに使う気だ」
真白の顔色が変わった。
二人は急斜面をよじ登った。入口前で野良優が立ち止まる。
「泥が退かされてる。痕跡が新しい」
「誰かが開けたってこと?」
「行く」
暗く、狭く、悪臭がこもる内部へ入る。腐敗と潮と油が混じった臭い。
「霜月さん、先に戻って武田隊長に報告を」
「ふん! だまされない! 私を追い払って愛ちゃんと密会する気でしょ! 絶対許さない!」
足を滑らせ、真白が暗闇へ落ちた。
「霜月さん!」
声が途切れる。
野良優は懐中電灯を噛み、全速で降下した。この船は横倒しだ。本来は天井だった場所を滑り、真白は壁だった面へ落ちていく——二階相当の位置に到達し、光を前へ向けた瞬間、暗闇の奥に火花。
直後、乾いた破裂音。
銃声だった。

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