物核「·」零 - プロローグ 前編・災厄

楔子
いつの時代も変わり者が世の中を変える。
——織田信長(1534.06.23—1582.06.21)
プロローグ
前編・災厄
2026年——日本。大阪府・中央学園高等専修学校。
「ねぇ、見て。また野良くん、花ちゃん見てるよ」
「フフ、ほかに誰がいるのよ? 片想いなんて花ちゃん以外みんな知ってるっての」
「ほら、聞いた? 横浜の修学旅行で告白して玉砕したらしいわよ、このチキン野郎」
「え、マジ? そりゃ最近ますますバカっぽいツラしてるわけだわ」
「しっ……! 聞こえたらどうすんの。あの目で見られるの無理。ゲームしか能のないオタクって、ホント気持ち悪い」
小声のつもりだったのだろう。だが一言一句、野良優(のらゆう)の耳には届いていた。
彼は無理やり視線を球技場の花ちゃんから引き剥がし、別のことを考えようとした。あと一ヶ月で試験がある。今度ばかりは、ゲームのように気安く「クリア」できる生存ゲームではない。単位を落とせば、養父母はもう学費を出してはくれないだろう。
……十八歳。もう、生き延びられる年齢ではなくなる。成績は最下位、特技はゼロ、顔は量産型。家庭環境については、語るだけ無駄だ。どう足掻いたところで、「大逆転」など起こりはしない。
屋上のフェンスに背を預け、野良は昼休みの孤独をやり過ごそうとしていた。それなのに、視線はまた花ちゃんへと引き寄せられていく。
花ちゃんと同じ空気を吸えている。それだけで、俺の人生最大の「恵み」なのかもしれない。時間なんて、止まってしまえばいい。いっそ——世界の方が終わってしまえばいい。
そのとき、視線が花ちゃんを素通りし、南の岩湧山(いわわきやま)へと吸い込まれた。
「……え? 峰の上、なんか……光ってる……?」
心臓が跳ねた。初めて花ちゃんを見たときと同じ、あの痛烈な鼓動。同時に、耳を裂く警報が校舎を包み込む。
ピロロロロロロ——————————
青空を切り裂いて、地平線を横断する銀色の線条が奔った。わずか二秒で、標高およそ九百メートルの岩湧山の峰線を越える。すべてを踏み潰す騎兵の群れさながらの勢いで、野良の頭上へと迫ってくる。反射的に身をひるがえし、叫んでいた。
「朝倉先輩——!!!」
——世界は、完全な混沌に沈んだ。


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