物核「·」零 - 第四話 宝蔵

三号区域へ向かう道は、近いようで遠い。女の国から北へ二つの丘を越えると、視界が一気に開ける。そこには、海嘯の爪痕がそのまま残る泥の原野が広がっていた。折れた樹木と流れ込んだ泥が混ざり合い、地形は歪み、ぬかるみが続いている。
原野の中央には、全長三百メートル級の巨大な貨物船が、片側に傾いたまま横たわっていた。あまりに重く、その大半は泥に沈み、重機のない現在では動かしようがない。船内はすでに調査済みで、価値のある物資は残っていないと判明している。機関部に使えそうな部品がある可能性は指摘されたが、人力では不可能だった。
船を囲むように、視界の限りコンテナが散乱している。どれもすでにこじ開けられ、中身は空だった。泥巴隊の任務は、地中に埋もれたまま残っているコンテナを、可能な限り探し出すことにある。
灼熱の太陽の下、二十人の隊員が三組に分かれて散開する。腰に巻いた革紐の先には、六キロの重い永久磁石。それが、唯一の探査手段だった。この「宝の湿地帯」が発見されてから、探索が進んだ範囲は全体の1%にも満たない。現有の人数では全域の探査に少なくとも三年以上かかる、そう試算されていた。
それでも探索は続けられる。絶望の淵に立たされた人間ほど、「もしかしたら」という想像にしがみつき、そこから希望を生み出し、生き延びようとする。
武田隊長が手を上げ、遠くを指した。
「向こうを手伝ってきなさい」
木陰から、コンテナの角がわずかに露出している。十人がかりで泥を掘り起こしていた。
「何してるの、あの人たち?」
「前に見つけた太陽光パネルの残りを運び出してる。これでも軽作業のほう。……探査、やってみる?」
三人の女が、泥の中を進んでいた。革紐を引きずり、一歩ごとに足が沈む。紐の先には、例の永久磁石。原始的だが、代わりはない。
真白はため息をつき、野良優の腕を引いた。
「行こ、貓男!」
「待って」
「なによ、男町に帰るの?」
「違う……武田さん、その磁石を使わせてください」
武田直子は眉を上げた。
「本気? 一番きつい仕事よ」
「俺のやり方なら、探査範囲を三倍にできます」
「三倍……?」
「試させてください」
磁石が手渡された。野良優はリュックを開け、中身を示す。鉄板、鍋の蓋、鉄条、釘、銅線、電池、ガムテープ。用途不明の金属片が詰め込まれていた。
「陽菜さんに頼んで集めてもらいました」
武田は短く息を吐いた。
「なるほど。廃材を保管しろと言い出した理由が、それね」
「永久磁石の力を増幅して、簡易の金属探知器を作るつもりです」
正午過ぎ、即席の探知器が完成した。その場で即座に性能試験が行われた。未改造の磁石では探知深度は十五センチが限界、強化後は地中五十センチの金属に反応した。
「……使える」
その結果に、泥巴隊は一斉に動いた。交代で掘削を行い、二時間後——
「あった!!」
新しいコンテナが姿を現す。全員が腹を抱え、前後にのけぞりながら笑った。中身は、山のような猫用缶詰だった。
◆
泥巴地の中、女たちの声が飛び交う。
「この高校生、野良優っていうの?」
「えっ、男町を自分で出てきた人? 辰男さんと同じ?」
「新人でもないわよ。四ヶ月も昏睡してたんでしょ。陽菜さんと霜月さんがいなかったら死んでたって」
「野良くん、さすが貓男ね!」
「九つの命があるって意味? それともこの猫缶のこと?」
「あだ名が貓男か……どうりで! ふふふ」
真白が黙っていない。
「ちぇっ! "貓男"は私が呼ぶ名前よ! 勝手に呼ぶな!」
武田隊長は二人の肩を抱き、短く笑った。
「誰も笑ってない。久しぶりに、まともに笑えただけ」
野良優はなぜか居心地が悪くなった。武田直子に押しつけられた側頭のせいでもあったかもしれない。
「すみません……」
「なんで謝るの? 猫缶だって今の時代は立派なごちそうよ! 今夜は田之上(たのうえ)さんの腕の見せどころだわ」
「田之上……さん?」
「田之上辰男(たのうえたつお)——男町から最初に自ら志願して離れた男。腕のいい料理人よ」
「へぇ……」
霜月真白が女の国に来てからずっと男町に住んでいたのは、この小さな世界の人間関係をほとんど知らないということでもあった。
だが真白は思いもしなかった。意地で後をついてきた貓男の名前が、ほぼひと晩で女の国全体に広まるとは。かつて高みから世界を見下ろしていた大小姐は、ふとこう気づく。
痩せっぽちの貓男も、あながち無能ではない。
彼は、誰も見向きもしなかった猫缶を、乱世を生き延びる人々の目の前で、「希望」に等しい何かへと変えてみせた。

コメント