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作者の苦難――『牧者の宇宙』を書き始める前に

先ほど、トイレで用を足しながら『牧者の宇宙(The Last Noetik)』の着想をメモしていたところ、

なぜ「脳死系の爽快作品」が主流を占めるのか、ふと腑に落ちる瞬間がありました。


多くの読者は英雄を好みながら、英雄の背後にある苦難を嫌います。

彼らはむしろ、自分自身を英雄に重ね合わせることで、現実世界で味わう挫折感をわずかでも和らげようとする。

だからこそ、人々は苦難を見ようとせず、避けるようにして生きているのだと思います。

現実はすでに十分痛ましい。せめて虚構の物語の中くらいは、万能で、すべてを凌駕する存在でありたいのです。


しかし――それが本当に「書くこと」の原点なのでしょうか。


爽快作品は確かに稼げます。しかも手っ取り早く。

けれど、その先に何が残るのでしょう。

「ベストセラー作家」という肩書きですか?


やめておきましょう。

ほとんどのベストセラー作家の名は、十年もすれば忘れ去られます。

百年を超えて読み継がれる作品の多くは、例外なく「苦難」を語っています。

人間性を極限まで押し広げ、後世に残る古典を成し得るのは、苦難以外にありません。


商業的な観点から見れば、読者のあらゆる願望を満たすことが最短ルートです。

市場が記憶するのは、売上と利益だけだからです。

しかし文学的な観点から見れば、深みはほとんどの場合、幸福ではなく痛苦から生まれる。

だからこそ、読者の心に残るのは「魂に届く深度」なのです。


そして、ほとんどの作家は最終的に、この二つの間で妥協します。

極限を目指す者は、ほんのわずかしかいません。


もちろん、それは作家自身の生き方にも左右されます。

世界を知れば知るほど、痛みは増し、苦難への理解も深まる。


苦難を理解するとは、和解することではありません。

人間性の中で最も強靭で、最も尊い部分を抽出し、

文字として結晶化された「古典的人格」を完成させることです。


たとえその人格が、作者の死後になってようやく理解されるとしても。


それこそが、書くことの本当の意味だと私は思います。


……まあ、飢え死にしないことが前提ですが。



By VON(壹叔瘋神)


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