;
top of page

​BACK TO THE CHAPTER LIST >>

恐怖の本質:バックルームズと現実

映画『バックルームズ(Backrooms)』を観終えたばかりで、西洋的恐怖と東洋的恐怖の違いについて少し語りたくなった。


まず認めなければならないのは、『バックルームズ』という概念が極めて優れているという点だ。

一枚の写真から始まり、SNSでの拡散を経て、最終的にK版(ケイン・パーソンズ/Kane Parsons)映画として結実した——これは非常に典型的で、そして励ましを与える成功物語である。


バックルームズの恐怖の核心は二文字で表せる。

「未知」。


この種の恐怖は非常に高度だ。クトゥルフ的概念と同様、私にとっては、変質的殺人鬼や吸血鬼、ゾンビ映画などよりはるかに高次の恐怖である。

その発想は、V宇宙における「無限アンカー点」にも近い【詳しくは『煉虚編年史・魔神紀』(The Annals of Void‑Refining: The Demon God Chronicle)参照】。


では、東洋的恐怖とは何か。


ここで一つ、実際に起きた話をしたい——。


ミレニアムが近づく頃、ある強大な国家の首都で、こうした出来事があった。


一人の女性が六歳の娘を連れて列車に乗った。しかし彼女が購入したのは一枚の切符だけだった(そう、節約のため——あるいは単なる無賃乗車)。

そしてそれは駅員に見つかった。


奇妙なことに、駅員は女性に追加料金を支払わせるため、娘を「預かり」、女性に「家へ戻って金を取って来い」と命じた。


結果はどうなったか?

結果など、存在しなかった。

女性が駅に戻ったとき、娘はもうどこにもいなかった。

物語はそこで終わる。


「母親は諦めたのか」と問う者もいるだろう。

だが私は逆に問いたい——

それこそが、より深い恐怖ではないのか。






By VON(壹叔瘋神)

コメント


Copyright © 2025 VON(壹叔瘋神). All rights reserved.

本ウェブサイトは、次元合同会社 によるライセンスの下で運営されています。

本ウェブサイトおよびそのコンテンツは、適用される著作権法および国際条約によって保護されています。

bottom of page