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物核「·」零 - 第六十二話 哭島
「座礁作戦」は、災後防衛省の直接の権限によって発動され、特別作戦部と自衛隊の共同作戦として遂行されることになった。その戦場は、九州から海を隔てて十数キロ先に浮かぶ屋久島一帯に指定されている。 もっとも、今の屋久島は、もはや鹿児島県の一町に過ぎなかったあの島ではない。巨大な陸塊に横からぶつけられ、2万平方キロに達する超巨大島嶼へと変貌していたのだ。 もちろん、それは火山噴火や通常の地殻変動によるものではない。原因は、はるか1000キロ以上も離れた海上から、大津波に乗って流されてきた「夷洲島(いしゅうとう)」である。 新日本政府はかつて調査隊を組織し、夷洲島の調査を行った。その結果、島の地下20キロの深さで、大陸棚に沿って地殻が人工的に切断されていることが判明した。さらに、島の底部には、何らかの特殊な工法による補強構造まで施されていたのである。まるで最初から、島ごと漂流させるつもりで用意されていたかのように。 地殻を20キロの深さで切断する——それがどれほど途方もない行為なのか。おそらく、人類が大災変以前に有していた科学技術ですら、到底実現不可能だっ


物核「·」零 - 第六十一話 聯結
多くの同人作家たちに想像の余地を与えてしまったであろう当事人、野良優(のらゆう)が、ゆっくりと目を覚ました。 正直なところ、作者自身ですら、物語がここまで制御不能な方向へ転がるとは想像していなかった。一応、理屈は理屈として積み上げてきたはずなのだが——この時点で、どうやって話を畳めばいいのか、もはや誰にも分からない。 そして何より、いちばん収拾がつかなくなっていたのは、ほかでもない野良優本人だった。自分は今、三人の女性に押し重なられ、どう考えても弁解不能な体勢で一番下に沈み込み、息も絶え絶えになっている。 「……え?」 ぼんやりと焦点の合わない視界の中で、名前と顔が順番に浮かび上がる。 「……真白ちゃん……沙羅さん……それにヴァシリーサ……?」 昨夜の記憶が、断片的な熱と一緒にフラッシュバックした。混濁した意識の奥で、優は霜月真白(しもつきましろ)の肌に浮かぶ汗の光を認め、彼女の呼吸に合わせて立ちのぼる、甘く湿った体温の気配を感じ取っていた。吐息に混じって漂う微かな香りが、妙に現実感を伴って胸に落ちてくる。 まずい。いろんな意味で、まずい。...


物核「·」零 - 第六十話 夜襲
「より多く接触せよ」——その四文字が意味するものは、字面以上に重かった。単に「もっと触れろ」という命令ではないことなど、言われるまでもない。 ヴァシリーサの顔から、すっと血の気が引いていく。彼女は背中を壁に預け、そのまましばらく動かなかった。狭い部屋を見回す。床に直置きされたマットレスが一枚と、取っ手付きのキャンバスバッグがひとつ。バッグは私物で、マットレスは公費支給品だ。もともと、この部屋には最低限の家具や家電が揃っていた。だが、それらはすべて質に入れてしまっている。今の彼女の全財産で、いちばん値の張るものは、たった一台の携帯電話だけだった。 「Allô ? — Infirmière Madeleine ? C'est moi… Vassilissa.」(もしもし——マドレーヌ看護師長? 私、ヴァシリーサです……) 「Oui, oui, je suis au Japon. Je vais bien, ne vous inquiétez pas pour moi. Hmm… papa… comment va mon père ?」(ええ、ええ、日


物核「·」零 - 第五十九話 借兵
自らを「アルファ」と呼ばせることを好むヴァシリーサ・ルノヴィナは、制御系の新人類である。性格は派手で尊大、いわゆるツンとした気質だが、戦闘能力という一点においては、彼女の言う「ヨーロッパ一」は決して誇張ではない。 報告書によれば、アルファの能力は極めて特異である。半径4キロメートル以内、体積 0.001 立方メートルまでのあらゆる実体をエネルギー化し、その状態を維持できる。エネルギー化された対象は外見こそ元のままだが、内部構造は完全にエネルギー場へと置き換えられる。そして、その解放・消散を行えるのは彼女本人のみである。 操作可能距離は半径4キロメートル。この数値はほぼ人間の水平視界の限界に相当し、これ以上離れると地平線の曲率によって視認すら困難になる。なお、実体がエネルギー態へ移行する過程については、これまでの研究でも統一見解は得られていない。ただし確かな事実が一つある——一度エネルギー化された対象を操作できるのは、特定の神経周波数、すなわちヴァシリーサ固有の信号のみであるという点だ。 多くの研究者は、この現象を次のように推測している。まず物質場


物核「·」零 - 第五十八話 斬断
霊沙羅(れいさら)の背中に、何かがドン、とぶつかった。その衝撃で彼女は目を覚まし、振り返る。そこに倒れていたのは、意識をウサギに書き換えられた女性研究員の一人だった。 横を見ると、神崎律命子(かんざきりつめこ)が床にしゃがみ込み、にこにことこちらを見つめている。なぜだか、その十三歳の少女の瞳からは、先ほどまで漂っていた冷たさや高圧的な気配が、わずかに薄れているように見えた。 「沙羅さん、私の任務はもう終わり。あなたたちには問題なし——上の取り越し苦労だったみたいね」 「え……? 野良くんは……?」 野良優(のらゆう)の顔が、霊沙羅の脳裏に浮かぶ。彼女は慌てて首を伸ばし、隔離区画の方をのぞき込んだ。防弾ガラス越しに見えるベッドの上で、野良優は穏やかな寝息を立てている。その様子に、霊沙羅は一瞬、言葉を失った。 「……さっきのは、いったい何だったの? あなたたち二人……」 「何も起きてないわよ。ぜんぶ幻覚。……まあ、あなたと彼については少しだけ例外だけど。ふふ」 霊沙羅の表情が、わずかに引きつる。 「"例外"って、どういう意味? あなた、まだ十三歳でし


物核「·」零 - 第五十七話 起源
神崎律命子(かんざきりつめこ)の理論によれば、物核は生物が「霊智(れいち)」を持っているかどうか、そしてその強度を判定し、その結果に応じて転化の度合いを決めている。そして、新人類へと"順当に"変換されうる対象は、同時に次の五つの転化基準を満たしていなければならないという。 一つ。ただ思考できるだけでなく、「自分が思考していることを自覚できる」こと。 二つ。自身の存在に対して疑問を投げかける能力を持ち、かつ自身の存在が可逆的でありうることを理解していること。 三つ。内なる神性を持つと同時に、外なる神、あるいは自分自身を信仰していること。 四つ。「道徳的シミュレーション能力」を備え、いかなる第三者(非生命を含む)の苦しみに対しても、プログラムに依らない反応を示せること。 五つ。感情的共鳴の能力を備え、いかなる第三者(非生命を含む)に対しても感情を抱けること。 これら五つは、彼女が先ほどまで語っていた霊智に関する学術的論点のような、形而上の抽象論ではなかった。むしろ、ずっと現実的で、運用すら可能な基準に見えた。 正直なところ、この「転化の五大要件」を聞


物核「·」零 - 第五十六話 昇華
「霊沙羅さん、あなたはやっぱりどこか"違う"わね」 「神崎さん、買いかぶりすぎですよ」 「ふふ。それで私の"能力"、気にならない?」 「制御系。おそらく、意識を書き換える類の能力……でしょうか」 「やっぱり、どこか姉さんに似てる。ほんと、よくできた人ね」 「神崎さんには、お姉さんが?」 「うん。死んだけど」 「……それは、失礼しました。そんなことまで聞くべきじゃなかった」 「気にしないで。殺したのは、この手だから」 「……え?」 「変異体に変わり果てた、あの姿がどうしても嫌だったの。私の姉は、いつまでも美しくて、聡明で、何でもできる人。絶対に、あんな気味が悪くて醜い変異体なんかじゃない」 霊沙羅(れいさら)には、この言葉をどう受け止めればいいのか分からなかった。三原部長から「特別作戦部で一番有能な女」と呼ばれていても、答えの出せない問いはいくらでもある。彼女にできたことは、話題をそらすことだけだった。 「……神崎さん。野良優は『半球』からはすでに離脱していますが、本人はまだ昏睡状態です」 「問題ないわ。生きてさえいれば虫の息でも、私の能力には抗え
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