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物核「·」零 - 第四十六話 墮天
これは、ただ空を飛べるだけの異変種ではなかった。 新二課課長・大和勝義(やまとかつよし)の表情を見れば、それはすぐに察せられる。彼自身、異変種が決して自分から新人類を襲わない存在であることを十分理解している。それなのに、わざわざ自分から姿を現し、こうして機体に絡みついているその事実が意味するのは、ただひとつの恐るべき可能性だ。 こいつは、操られている。 えっ? 異変種を、操る? そんな事例は、少なくとも記録上は一つも存在しない。だが、大和勝義という男は、確度の低い情報に安易に飛びつくような真似はしない。彼が拠り所とするのは、これまで積み上げてきた知識と経験、そして今この瞬間、目の前の現実が導き出す論理だけだ。 疑いようもない。西海国には、異変種を操ることのできる「制御系」の新人類がいる。 千鈞一髪のこの瞬間、多くの者がまず考えるのは「どうやって逃げるか」だ。だが、大和の選択はその真逆だった。彼は操縦席の背もたれを掴み、怒鳴りつける。 「機体を保て!!! 踏ん張れ!!!」 「大和課長! ……無理です! もう機体が保ちません!」 「MV-22Bの重量


物核「·」零 - 第四十五話 空戰
西日本市から九州までは、およそ850キロ。MV-22Bの速度なら、2時間とかからず到達できる距離だ。 その前段階として、自衛隊はすでに哨戒機を出して、二度にわたる空中掃討を実施していた。その結果、新二課が当初の目標である九重山(くじゅうさん)へとたどり着いたときには、西海国の旧首都一帯は、すでに炎の海と化していた。 奇妙だったのは、火に包まれているのが九重山の市街地だけではないという点だ。周囲の谷間や森のあちこちでも火の手が上がり、その規模こそ大きくはないものの、夜明け前の闇のなかではいやに鮮明に浮かび上がって見えた。 大和勝義(やまとかつよし)課長の表情がみるみる険しくなっていくのは、新二課の全員が気づいていた。彼は知能指数こそ飛び抜けて高いが、感情面の処理はあまり得意ではない。突発的な状況に直面したとき、理性で表情を取り繕う、といった器用な真似ができないのだ。だから、さすがの真白でも察した。今回、災後防衛省が仕掛けた「清算行動」は、どうやらとんでもない厄介ごとにぶつかっているらしい。 大和勝義が、わざわざ上層部が断りきれない別案をひねり出して


物核「·」零 - 第四十四話 真相
西海国元・第五自救区。 任務ブリーフィングによれば、九州一帯を掌握している西海国が新日本政府の統一提案を拒み続けている理由は、この地を支配する上層部のほとんどが東土人で占められているからだという。彼らの統治下に入った西海国は早々に東土国政府と接触し、すでに極秘条約を結んで「特別行政区」として帰順したとされている。その見返りとして、東土国民をも上回る優遇措置——いわば「自国民以上の優遇」を手に入れたらしい。 さらには、東土国東シナ海艦隊所属の新造戦艦が数隻、関門海峡(かんもんかいきょう)に停泊しており、ただ一つ残された通路である関門橋(かんもんきょう)を押さえている、という情報まであった。山陽本線の海底トンネルは大災変の際に完全に埋没し、日本本土から九州へは直接渡れない。九州は、地理的にも政治的にも「陸の孤島」となったのである。 こうした状況は、新日本政府にとって明らかに不利だった。さらに厄介なのは、九州には今なお数十万規模の日本人の生存者がいるという事実だ。ゆえに、唯一現実的な解決策は、西海国の上層部を一網打尽にすることという結論に落ち着いた。.


物核「·」零 - 第四十三話 毒爆
HACEの確認によれば、真白が放出する細胞微粒子の直径は 0.1μm を超えず、常温常圧下で数時間は生存可能で、きわめて強力なDNA識別能力と細胞侵入能力を備えている。これはDNA特異性を持つ細胞であり、体液や皮膚接触を通じて、ごく微量の細胞残渣を相手受容体の表面へと移し替える。その内部に含まれる特殊なたんぱく質やシグナル分子が受容体側の神経・筋肉伝達機構を攪乱し、その結果、局所的な麻痺を引き起こすのだ。 さらに、野良優(のらゆう)の増幅系能力によって強化されたのち、真白が放出する細胞粒子は、接触を必要としない「非接触型伝播」へと進化した。このきわめて微小な粒子群は、高い安定性・高い透過性・そして高い親和性を併せ持ち、空気中に浮遊し、粉塵や衣類、ありとあらゆる物体表面に付着する。そして一度でも皮膚に触れれば、その瞬間に有機体内部へと侵入を開始する。 この、侵入性が異常なまでに高い細胞微粒子は、「シルゲン(Shirugen)」と名付けられた。 シルゲンは特殊なたんぱく質を放出することでアセチルコリン受容体とナトリウムイオンチャネルを妨害し、全身性の


物核「·」零 - 第四十二話 無敵
言ってしまえば、野良優(のらゆう)は恐縮していた。「実体験はなくとも、知識としては知っている」とはいうものの、大災変の前から彼はテレビ越しに、毎日のように職場いじめだのパワハラだの、冷たい暴力の数々を見せつけられてきた人間だ。そんな彼が、いざ自分も「職場」というものに足を踏み入れてみたら、こんなふうに手厚く扱われる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。 ほどなくして、綺麗なニューハーフ・斑鳩絢(いかるがあや)が現場に到着した。 「よっ、野良君。勝義兄さんに、いじめられてない?」 「ぁ……い、いえ……」 「んー、だったらいいけどさ。あの人と駆け引きしようなんて、絶対に考えちゃだめだよ。あの人、頭が良すぎるからね。騙そうとしても、絶対に通じないから。さ、行こっか。君がどれくらい"やれる"のか、見せてもらおうかな。잘 먹겠습니다(いただきます)~」 そう言って、斑鳩絢はごく自然な仕草で優の手を握ってきた。優は絢より頭ひとつ分は低い。それでも、こんなに柔らかい手を握るのは生まれて初めてだった。掌から伝わってくる感触のすべてが、静かに告げてくる。——この


物核「·」零 - 第四十一話 神瞳
野良優(のらゆう)は、もちろん砂糖愛のことを忘れてはいない。霊沙羅(れいさら)のことも、優しい陽菜さんのことも、いつも酒くさかった武田隊長のことも、そして田之上辰男さん特製の「猫男丼」の味も、どれひとつとして忘れてはいない。 この世界は、とことん醜い。けれど同時に、どうしようもなく美しい部分だって、ちゃんと残っている。……そうだろう? だから、もし大災変の前の世界に戻れるのなら、そこには強くて健全な「政府」というやつが、どうしたって必要になる。そう、いまの日本にいちばん必要なのは、圧倒的な「力」によって保証される「秩序」——新日本政府なのだ。だからこそ、その目標のために。そして、自分が決して忘れられない人たちが、もう一度あの頃の「普通の生活」に戻れるようにするために。野良優は、自分もその一端を担うことを決心した。 ……とはいえ、真白が愛ちゃんの名前を出したのは、要するに焼きもちを焼いただけなのだが。もしかすると、大災変の前と後で「まったく変わらないもの」があるとしたら、それは霜月真白(しもつきましろ)という女の子ひとりだけなのかもしれない。...


物核「·」零 - 第四十話 重逢
連続二週間、奇妙で、しかもやけに綺麗な"おネエ"こと斑鳩絢は、すっかり野良優(のらゆう)のことを弟分として扱うようになっていた。聞けば、"おネエになる"と決める前の彼には実の弟がいて、その仲も相当に良かったらしい。だが「あの出来事」を境に連絡は完全に途絶え、今となっては生死すら分からないという。大災変を経た世界では、人も街も跡形なく消える。探そうにも、もはや手がかりさえ残っていない。 野良優は、点滴スタンドを引きずれば病棟内を歩ける程度には回復していた。とはいえ医師の指示は厳しく、「一日に一度だけ」「三十分以内」「階下を一周するのみ」。今日は外出を控え、ベッドに横になって本を読んでいる。今日はいつも通り、斑鳩絢がブリーフィングに来る予定だった。 そのとき。病室の外から、耳に心地よい若い女性の声が聞こえてきた。 「すみません、看護師さん。特護307号室はどちらでしょうか?」 「はい? どちら様でしょう?」 「新二課から、ブリーフィングに参りました」 「斑鳩さん……では、ないんですね?」 「ええ。彼は別任務に出ています」 「そうでしたか。それでしたら
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